自己啓発と哲学の違いって何?鵜呑みにすると危ない実例も交えて解説

自己啓発と哲学の違いが分からないと疑問をお持ちの方は、おそらく変な自己啓発には引っ掛かっていることはないと予測されます。

なぜなら、きちんとした自己啓発の中身は成功哲学という、哲学に非常に類似した学問になるからです。

とはいえ全貌が見えているわけではありませんので、歴史や実績がきちんとあるかどうかなど、必要な確認は怠らないように注意して下さい。

自己啓発って実のところ何だかよく分かっていないんだよねという方は、この記事の前に以下の記事を読んでから戻ってきてみるとより参考になります。

自己啓発とはどのようなもので具体的に何を行っていくのかの一覧が気になる方は、以下の記事も参考になります。

この記事では自己啓発と哲学の違いについてと、どちらを学んだら良いか、情報の選択ミスをすると危ない実例まで自己啓発に20年従事している専門家がひとつひとつ詳しく解説していきます。

この記事を書いた人

1982年生まれ。2004年(22歳)から現在に至るまで自己啓発の世界に身を置き、自己啓発のプロフェッショナルとして営業・講演・研修活動を行い、現在の月間セールス日本一の記録も保有しています。

すべて正規に版権を取得しており、自社取扱いプログラムともなっている

  • ナポレオン・ヒル(成功哲学の祖。「思考は現実化する」など成功法則を体系化)
  • ジョセフ・マーフィー(潜在意識の法則)
  • マクスウェル・マルツ(サイコ-サイバネティクス理論)
  • ジグ・ジグラー(自己イメージ改造理論)
  • ブライアン・トレーシー(営業の神様)
  • デール・カーネギー(道は開ける・人を動かす)
  • ジョー・ヴィターレ(引き寄せの法則ブームのきっかけとなった、ザ・シークレットの賢人エイブラハム)

これらすべてのプログラムを所有、実践し、プログラムユーザーへレクチャーしています。

現在のクライアントは法人のみですが、全国に在籍するインストラクターの育成と、プログラムユーザーのフォローサポートも担当しています。

~主な取扱い業務~

大手企業の新入社員研修
営業 / セールスなどの社内講演
オペレーションマニュアルの作成

自己啓発と哲学って何が違うの?

考える女性

自己啓発と哲学を比較する方がたまにいらっしゃいます。

自己啓発とは、自分を高めるために必要な準備を行う総称を指します。

哲学とは、物事の本質を知るために客観的であったり理論的であったりと、多方面から追究していく学問のことを言います。

自己啓発とは、準備を総称して自己啓発と呼んでいるので、一般的には「自己啓発のために読書を始めた」「毎日早起きして、ランニングをすることで自己啓発している」などと使われます。

一方で哲学とは、広く総称した学問の中の一部で哲学というジャンルです。

先程の自己啓発で例えるなら、読書やランニングの部分に属するのが哲学です。

学問と自己啓発という言葉を比較するのであればまだ妥当なのですが、おそらくこの勘違いが生まれる原因は他にあります。

それは、自己啓発の中にある私達リアライズでも取り扱っているような自己啓発プログラムの中身である「成功哲学」と呼ばれるジャンルを自己啓発として捉え、それと哲学を比較して何が違うのか?を検討しているのではないでしょうか?

自己啓発プログラムの効果と効能について知りたい方は、以下の記事も参考になります。

次にこの記事を開いている皆さんが知りたいであろう、成功哲学と哲学について詳しく解説していきます。

自己啓発の成功哲学と哲学、どちらを学んだら良い?

迷っている女性

成功哲学と哲学にはどのような違いがあり、どちらを学んだら良いかについて解説していきます。

これは私のこれまでの人生での経験からですが、成功哲学と哲学はどちらもとても良いものですので両方とも学んで下さい。

成功哲学とは、人生における成功にフォーカスした内容になっています。

ちなみに哲学と銘打っている以上れっきとした学問ですので、成功するために必要な考え方をこれまでの世界中の成功者達の統計から抽出されたロジカルなものです。

私達リアライズでも取り扱っている自己啓発プログラムのナポレオン・ヒルも、現在でもアメリカの大学でナポレオン・ヒルのラーニングセンターが設けられているほどです。

よく成功哲学を何の根拠もない精神論や感情論と勘違いしている人もいらっしゃいますが、それはおそらく中身のない無価値な詐欺か、自己啓発のガワを被っただけのカルトな集団に洗脳されてしまったようなケースです。

上記のような情報弱者として被害に遭わないための基本的な考え方は、詐欺に対する防衛規制と同じで以下になります。

情報弱者として被害に遭わないためにはきちんと情報の取捨選択を行い、鵜呑みにせず、甘い言葉に流されないようにして歴史と実績があるものを選ぶようにすることです。

一方で哲学とは、人生全般における人にフォーカスした内容になっています。

生きるとはどういうことか、人間の本質とは何か?などの根本を追究していく学問です。

なぜ成功哲学も哲学も両方学んだ方が良いのかについては、既に世間が答えを出してくれています。

ネットに「人生の成功者の名言」「哲学者の名言」が、どちらもたくさん存在していますよね。

私が両方とも学んだ方が良いとする決定的な理由は、双方向に相乗効果がありどちらも学ぶことでどちらの理解も更に深めることが出来るからです。

続いてこの記事をお読みの方が先程例に上げたような、情報弱者にならないために必要なことについて解説していきます。

自己啓発と哲学の関係を鵜呑みにすると危ない実例

ハッとする女性

最初はこのような段落を設けるつもりはなかったのですが、あまりにも典型的な例が目の前に転がっていたので敢えて書くことにしました。

自己啓発と哲学について調べる人は何を気にして調べているのかな~と疑問だったので、私自身でも検索をかけてみたところ、ある記事が目に止まりました。

そのサイトではさまざまな書籍を読み、その中身を紹介しながらレビューしている記事をまとめているものだったのですが、問題のページでは

  • 自己啓発は人の弱みにつけこむ歴史ある貧困ビジネスで、適応機制という意識逸しをしているだけだ
  • 自己啓発は情報商材でインチキ
  • 目を背けたくなるような絶望が心を埋め尽くした時には、内部ではなく外部に目を向ける哲学を学ぼう
  • 多くの人は中身が豊かでも立派でもない。そんな大罪を忘れるために哲学で外の世界を見よう。

賛否両論があることは自然なことですし意見は人それぞれですので、この際その点については良いのですが、この話にはとんでもなく巨大なブーメランが投げた本人へ刺さっている事にお気づきでしょうか?

それは1つ目の主張が3つ目と4つ目の主張を完全に飲み込んでしまっているので、これでは哲学まで貧困ビジネス扱いされてもおかしくありません。

加えるなら2つ目の主張に至っては自己啓発の専門家からすると、色々なものがゴッチャになってしまっており、分かりやすく例えるなら「貯金はオレオレ詐欺でインチキ」くらい意味不明なことを仰っています。

この人が哲学でビジネスをしようとしているわけではありませんから、幸いなことに誰も被害者は生まれていませんが、問題のサイトの記事やこの著書を読まれた方が「確かにー!」と鵜呑みにして情報を精査せずに流されてしまったら、それはもはや読者からしたら書籍代1,000円程度でも読んだ時間2時間でも立派な被害です。

このように自己啓発と情報商材の違いも分からない人があたかも分かっているように主張をすることは、中身の無い無価値な自己啓発を無知な人に売りつけている詐欺師と何も変わりません。

そしてさらに、もしかしたらこの記事を書いたライターの人は自分にはただの仕事だったので、何の気もなしに依頼があったものを書いただけなのかもしれません。

しかし伝言ゲームで内容が変わったり、悪意がなくても広めてしまうと、その先で被害が起きてしまうかもしれないことの典型でもないでしょうか。

情報弱者の方はこうして詐欺やカルトの被害に遭うので、きちんと情報の取捨選択を行い、鵜呑みにせず、甘い言葉に流されないようにして、歴史があるものを選ぶようにするべきなのです。

本になっているから、という考え方はあまりにも安易過ぎます。

なぜなら近年であれば出版するだけなら正直誰でもできますし、多くの本は1~2年もすればすぐに埋もれて消えてしまうからです。

世の中に溢れている自己啓発本のほとんどが、何故役に立たないのか知りたい方は以下の記事も参考になります。

ですから、歴史に加えて実績がありきちんと残っているものを選ぶようにしましょう。

自己啓発を正しく理解して成長と成果へ繋げるために

花を持つ女性

少し話が逸れましたが自己啓発と哲学に関して皆さんが疑問に思っている点について、まとめてみました。

自己啓発も哲学も正しく理解してきちんと学び、応用していけば成長もできますし、成果を出すことも可能です。

しかしそれはあくまで中身のない無価値なものや詐欺、カルトなどの被害に遭わないことが大前提です。

人間にも良い人と悪い人がいますが、付き合う相手を慎重に選ぶのと同じように自己啓発も慎重に選ぶようにしましょう。

まとめ
  • 自己啓発も哲学も、どちらも相乗効果があるので両方学びましょう
  • 意見に流されず、情報の取捨選択を正しく行うことで、被害に遭うことを避けることが出来る
  • 自己啓発も哲学も、学問として学べるものであればきちんと論理立てて落とし込みは出来る